URBAN NEUTRAL代表 ミニマル・インテリアデザイナーのシンプルライフブログ


2017/04/07

ミニマルカフェ♪  かつて前世リーディングで見た風景に、実際に出会ってしまったの巻 その2

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今週は、先週の続きで

前世に関する不思議な経験をしたお話し。

 

 

 

その舞台は同じ岡山県 

備前市にある ”閑谷学校” です。

 

 

 

当時の(江戸時代)藩主 池田光政公が

庶民の為に作った日本で最初の民間学校なんだそうです。 

 

当時では革新的な教育施設を私財で作るなんて、

素晴らしいお方です。

 

 

しかも、授業料は免除だったようです。

当時の農民の子供達=労働力という時代。

 

親も学校に行かせるには決意が必要だったかと思いますが

池田光政さんの心意気で、学問を学ぶチャンスが

庶民にもやってきた訳なんですね。

 

 

 

 

そんな閑谷学校ですが、

 

閑散の 閑に、谷と書く学校・・・

 

なんとなく言葉の響きから、

イメージだけが先行してしまい

あえて行くことはありませんでした。

 

 

 

 

でも、高梁市と同じように

営業のネタとして足を運んでみたんです。

 

 

いざ行ってみて驚いたのが

その立地と建物の素晴らしさ

 

 

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備前焼きの瓦屋根に芝生の広場

それはそれは美しい景観なんです。

 

 

 

 

さらに圧倒されるのが紅葉の季節

岡山の紅葉の名所になるほど

美しい景観に変化します。

 

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で、この閑谷学校には、資料館が併設されていまして

池田光政公の功績など

歴史的資料が展示されています。

 

 

 

 

その資料の中で、

私がクギ付けになったものが一つだけありました。

 

 

それは、池田光政公が

お弟子さんに配っていたという

和歌が入った扇子でした。

 

 

その扇子にはこう示されていたんです

 

”心だに 誠に道に 叶ひなば 祈らずとても 神は 護らむ” 

 

 

この歌の歌い手は菅原道真公。

 

 

理系の私ですが、

唯一心にすっと入ってくる和歌が

この歌だったんです。 

 

 

読み人によってもその解釈は変わるかもしれませんので

感じる意味合いは各人に委ねますが、 

大学の頃に初めてこの歌に触れ、

自分の生きる方針の一つにしてきたほど

大好きな歌なんです。

 

 

 

 

ちなみに池田光政公が

教育として特に力を入れていたのが

儒教の中でも『陽明学』という

行動に重きを 置く学問でした。

 

 

かくいう私も、

論語をはじめとする四書を

大学の頃に読みはしましたが・・・

 

全く頭にも入らず、心にも響きませんでした。

 

 

でも、この陽明学だけは

すーっと心に響くのです(←今でも)

 

 

 

 

 

と、この時あることを思い出しました。

それは、大学時代にバイトしていた時の社長さんのこと。

 

 

そのお方は、前世が見えるようで、

バイト先にふらっとやってきて

いきなりこう切り出したんです・・・ 

 

 

『宮﨑君はいるかな?』

「はい、ここにおります・・・(緊張)」

『おお、宮﨑君はいい声しているな。 

 前世は ◯▽※×藩の藩主!』(←聞きとれなかった)

 

「あっ・・・ あ、ありがとうございます・・・」

 

『・・・』

「・・・ (沈黙が続く)」

 

そう言い放って、バイト先から立ち去って行きました。

 

 

 

 

私昔から学問としての社会科が特に苦手でして、

藩主という言葉すら理解していませんでしたし

ほにゃらら藩と言われても

全く聞きとれなかったんですね。

 

 

だから、せっかく自分の前世を言ってくれたにもかかわらず

理解しないまま数年過ごしてきたんです。

 

 

ちなみに、この閑谷学校があるのは備前市です。

私は備前焼が大好きな時代がありました。

 

備前市には名刀で有名な長船町という場所があるのですが

この長船町でも特にサラリーマンの営業時代に

『受け入れてもらっている感』が強かったです。

 

 

 

 

 

で、この時、

池田光政公の扇子に書かれた歌を見て

確信しました。

 

 

はは〜ん

あの時ほにゃらら藩の藩主と社長が言っていたのは、

もしかしたら備中松山城を預かった

藩主だったのかもしれないな・・・

 

しかも池田光政公の弟子だったのかも?・・・

 

と勝手に解釈して納得していたんです。

 

 

 

でも、私歴史全く詳しくないので、

そんな人がいるか分かりませんし実在しないかもしれません。

(←それでいいと思います)

 

 

ただ、一つ言える事は

なんとなくご縁を感じる場所は

もしかしたら前世が関係しているのかもしれないなということ。

 

 

 

前世リーディングで見た情景は備中松山城と

京都の下鴨神社でした(←これは初めて下鴨神社に行った時に驚きました)

 

 

でも、その他にもいろいろな前世の時代があって

なんだかよく分からないけど興味があること

(私の場合はミニマルな建築やインテリア、照明、風水、テクノロジーetc...)

はそんな記憶が影響しているのかもと感じています。

 

 

 

 

前世とは所詮過去のお話なので、
 
今を生きてる我々にとっては
 
誰であったかという所には
 
あまり意味はないと思うのですが、
  
自分の興味や才能には
 
前世の記憶がなんらかの影響を与えているのかも?!

 

 

そんな事を感じた出来事でした。

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