URBAN NEUTRAL代表 ミニマル・インテリアデザイナーのシンプルライフブログ


持たない暮らし シンプルライフのお片付けノート 我が子の理想の教育を考えてみる モンテッソーリ、サドベリー

 



親としての悩みの一つが教育についてではないでしょうか?


自分の子供にどのような教育を与えて、どう育っていって欲しいのか?
親である限り、ある意味避けて通れない課題です。
幼稚園にしろ、小中学校にしろ、高校、大学、専門学校にせよ・・・
なんらかの選択を下し学校を選ばなければいけません。


問題なのは・・・
子供が小さいが故に自分で責任を持って学校を選ぶには幼すぎるということ・・・
まだ我が子は2歳だということです。


えっ?
そんな年齢なら教育を考えるにはちと早すぎるんじゃねーの?


はい。そう思います。



では何でこんなに早く教育について考えているのか?
それは夫婦間での教育方針を統一しておくためなんです。


以前も紹介したように我が家では決め事を夫婦間で100%合意するように勤めています。


私の妻は勉強が大好きですので、受験などに対して何の抵抗もないことは以前もお話しました。ところが私は受験が大嫌いです。受験ばかりしてきた人生に疑問も感じています。
→受験ばかりしてきたということはつまり合格してこなかったということですね(自虐)


我が子にはどのような学校に行ってもらいたいのか?
夫婦2人で話し合いました。



いわゆる偏差値の高い進学校というものが存在します。

またエスカレーター式と言われている私立の一貫教育校も多数存在します。


このような学校に進む為には受験や面接による試験が必要になります。
受験の為にはいわゆる塾や予備校といった場所でのさらなる勉学も必須かもしれません。


では何のための学びなのでしょうか?


我々の世代の親の価値観で言えば・・・

「安定した大企業に入って安定した仕事と給与を受け取る」
→「そのための有名私立大学」
→「そのための受験」
→「そのための勉学」

あるいは・・・

「安定した国家公務員のポスト」
→「そのための有名国公立大学」
→「そのための受験」
→「そのための勉学」



もちろんこれ以外の理由もたくさんあると思います。
しかし私や妻が経験した受験の背後には、このような両親の思惑(愛情)がありました。



しかし私達夫婦は、両親のそんな思惑とは違う人生を選び今に至ります。
私は大企業に勤めて安定した収入を得るという生き方を一度は選びましたが早々に手放しました。
そこに自分らしさが無かったからです。



私の妻も企業に就職したことがありません。
内定は貰ったそうですが大企業に勤めるという選択を手放しました。
妻にとってもそこに自分らしさが無かったからです。


親にとっては思惑と違う生き方ですから色々思うこともあるでしょう。
でも親の人生と子である我々の人生では時代も価値観も個性も何もかもが違います。


ましてや2014年の現在。
ネットのインフラが世界中に網羅されスマートフォンが世界中に浸透しました。
一人ひとりがもはやいつでもパソコンで情報収集出来る時代です。
フェイスブックやツイッターを通じて民主の意思でクーデターが起きる時代でもあります。


これまでの時代的価値観、既成概念も壊れていく時代です。



我が子にとって、受験→進学校→一流大学→就職という当たり前の一連の流れは、
親の私にとっても我が子にとっても幸せなことなのでしょうか?



夫婦2人で様々な本を読み、自分達なりに考え導き出そうとしてみました。
特に参考になったのが以下の本です。



            



AIBOを世に出し、CDプレーヤーの開発にも携わったSONY黄金期を体験している天外伺朗さんの本は特に参考になりました。

世の中には詰め込むだけの教育ではなく、子どもたちが持っている能力を最大限引き出す教育方法があることも分かりました。

また、教育という観点も大切ですが、特に幼少期に大切にすべきポイントを知ることも出来ました。



私達夫婦で出した結論が・・・


0歳〜3歳 = とにかく愛情を注ぐ。受容を体験させる。
        躾ではなく徹底的に子供に添ってあげる。愛情を注ぐ。

3歳〜6歳 = 本人の興味のあることをとことん邪魔せずに集中させる。
        フローを体験させる。理想は本格的なモンテッソーリ式の園

7歳〜   = 興味のある科目や体験が選択制で選べるような自由な学校。
        理想はサドベリースクールに代表されるデモクラティックスクール。

それ以降  = 自分の興味や能力を引き出す教育を自分で導き出せるようにサポート。
        やってみてイメージと違った場合は柔軟に対応してあげる。
        失敗してもイイ、でも前に進む力をつけられるようにサポート。



大きくはこんな風に導き出してみました。


既に我が子を大阪のデモクラティックスクールに通わせている子育ての先輩からは面白いことを聞きました。


「デモクラティックスクールではテストも無いので、親の方が不安になることが多いし、子供の自主性を重んじるので強制的に何かを学ばせるということも殆ど無い。

だから親のほうが試されるんです。

そろそろ漢字の読み書きの練習したほうがいいんじゃない?
なんて家で言おうもんなら・・・

【何で今やんなきゃいけないの?】と普通に聞かれるし、

その質問に明確に理路整然と答える事が出来ない限りは子供に指示は出さない方がいい。


普通の学校に行っている子は満遍なく色々な教育を受けるから常識的な事を知っている。
でもデモクラティックスクールでは知らない事は調べればいいというスタンスだから、
普通の子供たちに比べると知らないことが多くなる。

そんな事を心配するようならば子供をデモクラティックスクールに行かせるのはやめたほうがいいかもしれない」と・・・


つまり、引き出す教育とは子供に委ねる要素が非常に多く、
勉強するかしないかはその子に委ねられる部分が多い。
しかもテストも評価もありません。


引き出すことは詰め込むことや指示して教えることよりもはるかに難しいことなのかもしれません。
なぜならその根底には子供に対する100%の信頼と受容があるから。


一方親である私は、私自身に対し何らかの自己不信を無意識に抱えてきていると以前のブログでも紹介しました。
自分の人生を100%信頼してゆったりとした気持ちで過ごしていると自信を持って答える事は出来ません。

その解決の一助にならないかとこのblog通じて自分自身を整理整頓しています。


自分を100%信頼出来ない親に、子供を100%信頼することが出来るのでしょうか?
引き出す教育という理想を掲げながら、所々で無意識にレールを敷いてしまう事もあり得る気がします。


そもそもこのような引き出す教育をさせようということすらレールなのかもしれません・・・



結局のところ、完璧な親もいなければ完璧な教育もない。
失敗したくないから慎重になる。


このタイミングで自分達家族にふさわしいと思えるモノを選択し、
もしその選択がミスだったと思えるならば臨機応変にまた対応する。
そんな軽さが必要なのかもしれません。


その為にも経済的にもある程度ゆとりが必要な気もします。


やはりここでも”お金”というキーワードが出てきました。


お金はこれからも長く付き合うテーマになりそうです。









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